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世界一の仕事1

By |2018-03-16T13:54:39+00:003月 15th, 2018|未分類|

誕生、REモータースポーツの語り部 松浦さんがマツダ(当時は東洋工業)に入社したのは、中学校を卒業した1956年。社内にある専門学校で3年間学んだ後、エンジンの組み立て部で技術を磨いていく。そして、入社から8年後の1964年、ロータリーエンジン(RE)研究部へ誘われたが、すぐに返事を返すことができなかった。家族のような雰囲気の流れる親しんだ場所を離れることに、不安とためらいがあった。 少し期間を開けたのち、いよいよロータリーエンジン研究部の一員として幻のエンジンに触れることとなった。 当時、松浦さんにとって見たことも聞いたこともないロータリーエンジンは全く未知のものだったという。先輩に聞いて回れば、「コンパクトかつ高回転で馬力が出るエンジン“らしい”」という話であった。 その話を聞き、ふと思った。馬に例えるならば、ディーゼルエンジンは力のある馬車馬。レシプロエンジンは乗馬馬。そしてロータリーエンジンはその二つの特性を合わせた、いわば走ることに特化したサラブレットのようなエンジンなのではないか、と。 こうして松浦さんは世界で初めて、ロータリーエンジンの高回転・高出力化の基礎研究に取り組みだしたのだ。ル・マン世界制覇の、20年以上も前の話である。 ロータリーエンジン誕生物語 幻のエンジン   ところで、そもそもロータリーエンジンとは何なのか疑問に思う人もいるだろう。これより連載する松浦さんのレース活動では、非常に重要なワードとなる。ここで少し、このエンジンのことを歴史と共に紐解いておきたいと思う。 普段私たちのよく知るエンジンといえば、筒状の中でピストンと呼ばれる金属が爆発によって上下に運動することで力を生み出している。注射器のような動きを想像していただきたい。 だが、ロータリーエンジンは全く別物である。ハウジングと呼ばれるまゆ型にくりぬかれた金属の枠の中を、三角形の“おにぎり”の様な形をしたローターが高速回転することで、力を生み出すのだ。見たことのない人からすれば、言葉だけではおおよそ想像がつかないような動作をするのである。しかし、エンジン本体の構造はレシプロのそれに比べればシンプルだ。それ故に問題点の解決が難しく、このエンジンは発案から200年もの間、実用化されることはなかった。多くの名立たる研究者たちが、その前に敗れていったのだ。 画像引用:thePAGEより 会社存続の危機  1954年、西ドイツのNSU社(のちのAudi社)ではすでにロータリーエンジンが試験開発に成功していた。一方日本では自動車メーカーの競争が激化する中、他社への吸収合併を恐れた当時の社長・松田常次氏がこの試作段階のロータリーエンジンに目をつけ、従業員8,000人分の給料にあたる2億8,000万円という契約金で技術提携を結ぶ。それは、社運をかけた一世一代の大勝負であった。 レースの幕開け   しかし、日本に持ち帰った試作段階のNSU社製エンジンは多くの問題を抱えていた。白煙を吹き、車に乗せればギクシャクと揺れ、更にエンジン内部は傷だらけとなり2日も持たず停止してしまう。これらの問題に立ち向かうべく、社内で47人の若い技術者を募った。赤穂浪士にあやかり「ロータリー47士」と名討った研究チームは、6年という歳月をかけて実用化に成功し、市販化されるのである。 とはいえ、未知のエンジンであったロータリーエンジンはかねてから雑誌メディアで耐久性に悪い噂が絶えなかった。そこで、レースに出ることでその堅牢性をアピールし、市場に浸透させることこそが松浦さんのレース活動の第一歩となるのである。 世界一の仕事 3/30掲載予定